実業と虚業、虚業の変遷と意義

 実業と虚業、どちらも現代社会に存在する人間の営み。過去は、実業のみが存在していて、生存に直結する採取・狩猟活動 それから農耕活動へと推移した。マズローの欲求階層と照らし合わせると、生存⇒安全の欲求と合致する営みと言える。
 虚業、実生活上には必要のない営み。祭祀、呪術、年中行事等、人間の精神に関わってくる活動と言える。以外にも歴史の 早い時期から存在している印象。そういう意味では、人間の精神への対処のおこりは早かったんだなと思う。そもそも神話の 創造も虚業なので紀元前から精神性があったんだなと思う。
 虚業は別に生活の余剰でも贅沢品でも嗜好品でも無いなと思う。それは人間の世界理解、不可解性への理解を与えて秩序を もたらしている。考えられる以上、考えられないものが存在することは怖い。だから想像し、仮にでも納得する。
 原初の虚業は理解し難いものへのハリボテ的だったと思うが、現在の虚業は実生活に根差したそれに近接する理解できる 状況の想像であるように思う。理解し難いものへの認知不協和の解消としての虚業から、理解できるものを延長する想像という 虚業への変化。この差異こそが虚業を馬鹿にするきらいを強めたのだと思う。
 虚業とは結局、人間の精神の平穏を保つ為に存在してきたのだろうから、畢竟その目的さえ果たしていればそれは古代と何ら 変わらない営みで、馬鹿にするも何もずっと続いてきた人間の基本的活動なのだから、実生活に支障をきたさなければ変に 嚙みつくのも違うかなと思う。

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